何が問題か

ソーシャルゲームが人気を呼び、新しいゲーム市場が完成したものの同時に問題を呼び起こしているのがレアキャラが入手できるガチャシステムについてだ。確率通りに排出されず、何十万という課金で得られなかった問題が出るなど、スマホゲーム市場の闇が暴かれていく。このサイトではそんなスマホゲームでよくあるガチャ問題を独自視点で考察していきます。

グラブル問題が生み出した意味とは

グラブル騒動によって業界にも段々とガチャに対する規制を働きかける動きが活発になります。これまでは当然のように提示されていた広告の見直しは勿論、課金額についてもきちんとした上限を規定すべきだとする声も出てきた。業界団体『日本オンラインゲーム協会』もこのままでは行けないとして提示したのが、課金上限額を毎月『50,000円まで』にすると発表する。

ただこの50,000円という額にも少しカラクリがあり、

  • 50,000円の内に、いずれかのガチャアイテムを取得するまでの推定金額
  • 特定の条件をきちんと満たした上で当たり確率を明示する

というのが正式な発表となっている。当たり確率にしても、その特定条件を1つでも満たしているのを求めているとしているため、必ずしも問題が一歩改善へと前進したとは言い切れなかった。

また協会が明示したこれらの条件を会員は当然順守しなければなりませんが、現在リリースされている人気作を送り出した企業が会員ではない場合がある。ここでいうところのグラブルを開発したCygamesは会員ではないため、あくまで自社が規定した利用規約に応じての対応となっている。

こうした部分を見てもらえれば分かるように、所々で業界全体が連携を取ることもなく、企業独自の意図で行われていると思える状態であることに気づくはずだ。そうした部分でも、もっと是正を強化していくべきだとする声も多くある。ですがこの問題は今に始まったわけではない。

そもそも無料を謳っているのに

スマホゲームを始め、世の中には色々なゲームがあります。コンシューマーは勿論のこと、外出先でもプレイできるようにと携帯型ゲーム機も高性能になりました。果ては携帯という身近にある端末を用いてゲームが出来るようになったことで、幅広く人々に親しまれるようになっていきます。またパソコンを使用してのオンラインゲームなども人気だが、コンシューマーでソフトを購入するゲーム以外での作品で大抵見かける謳い文句といえば、『基本プレイ無料』という言葉だ。

文字通り、ただ物語をプレイするだけなら料金は掛からないというもの、厳密に電気代や睡眠という時間を代償にすればいつまでも楽しめる。オンラインゲームであればそれこそ廃人寸前までやりこんでいる人もいると思います。それだけ面白いのだと言えばそれまでですが、これもそう簡単な話ではない。どうしてかといえば、基本的にお金はかからないとはいっても、特定の強いキャラ、あるいはアイテムを手に入れればゲームを楽に進められるという状況に差し掛かる時がある。

そんな時に用意されているのがガチャだ。ゲームを先に勧めてストーリーを知りたいと願っている人にとっては、ガチャを回して強いキャラやアイテムを手に入れたいと思うのは当然の心理と言えるでしょう。ですが経済的な問題で出来る人、出来ない人とが出てしまいます。そうなってくると必然と課金が出来る人が有利にゲームをプレイ出来て、課金者と無課金者との間で開きが生じてしまう。

海外では

日本では当然のようにまかり通っているガチャだが、海外にすればこうしたガチャのシステムそのものがどうして容認されているのかと、そのことが疑問だというのです。それは確かに、課金している人としていない人とではゲーム内での強弱は恐ろしいまでに付いている。課金していれば強いキャラクターが集まり、課金していないと良くて上位のキャラやアイテムが5本の指で数えるほどしかない、といった状況になる事もよくある話だ。

そうしたアンフェアな行いはダメだという正義感が通じているのは海外ならではの視点ですが、日本ではダメと言いながらも容認している時点でユーザーもある意味同罪なのかもしれません。

無料でどこまで出来るか

グラブルを始め、様々なスマホゲーム作品が登場している。その大半が課金することなく進められるものの、進捗状況については課金しているか否かで大分開きが出てしまいます。自分のペースでゆっくりやっていけば良いと考えているならそれでも良いですが、より先に進ませたいと考えているなら課金も視野に入れなくてはならないと、そう思うように誘導するような行いもある。それが俗に言うところのイベントであり、グラブルを始めとした人気作全てがやっている手段だ。

出来ることには出来る、だが投資しているかどうかで差が極端に開いてしまう部分は問題と言えるでしょう。

ガチャだけではない

グラブル騒動においてガチャ問題もそうだが、その他にも投資させようと手段を選ばない企業にも問題だが、それに乗せられるユーザーもユーザーだ。ただこの点については筆者個人の見解としては、どこか自己責任も含まれているのではないかと思う。今回のグラブル騒動はアンチラ事変を含めても、運営のやり方に異論を唱えるのは至って正解であり、正直言って不快の一言だ。ユーザーでなくても運営管理に問題があるのではと言わしめるだけの所業をしたのだから、叩かれるのもやむを得ないだろう。

ですがガチャをするとなったら、それはもう個人の問題となるはずだ。煽られているにしても何にしても、やろうと選んだのは自分であることを含めたら、誰を責めることも出来ないのではないでしょうか。