後悔があるかどうか

ソーシャルゲームが人気を呼び、新しいゲーム市場が完成したものの同時に問題を呼び起こしているのがレアキャラが入手できるガチャシステムについてだ。確率通りに排出されず、何十万という課金で得られなかった問題が出るなど、スマホゲーム市場の闇が暴かれていく。このサイトではそんなスマホゲームでよくあるガチャ問題を独自視点で考察していきます。

正直な話

スマホゲームのガチャは魔窟である、そんな表現を偶に耳にする事がある。まさに的を射ている表現と言えるでしょう、際限がなく、底なし沼のように当たるまでお金をつぎ込んでいくのだから、それほど恐ろしい話もないはずだ。現実的な投資といえば不動産などが挙げられますが、その場によって変われど時に多額の利益を生み出してくれる可能性を有しています。しかしゲーム内のガチャは、正直な話何一つ利益という利益を生み出さない。手に残るものもない、スマホゲームのサービスが運営が配信終了と告げた時点でデータの消失が行われてしまい、痕跡1つ遺すことなく虚無の空間へと飲み込まれてしまうのだ。それなのにどうして投資をするのか、そう疑問にしか感じない人もいるでしょう。

ものすごい個人的な意見だが、それこそぶっちゃけた話がやはり『いかに自分が満足しているか』、というのが焦点と言えるでしょう。正直な話、筆者もスマホゲームをしている。ただあれやこれやと手を伸ばしてはいないので、筆者はせいぜい1つか2つに留めている。そして勿論と言って良いのか、課金もそれなりにしていて、グラブル騒動から聞こえてくる課金者の嘆きも十分すぎるくらい心に突き刺さっていた。共感も覚えた、ただ個人として見た場合に課金した事に後悔はあったかといえば最終的にはあまり感じないのだ。

費やした額については秘匿するとしても、そのゲーム内で考えれば重課金という分類に当てはまるだろう。ただその額に相当したゲーム内容になっているので、良かったと思えることもある。逆にこうした課金話は、内輪の友人たちに話をすればさほど驚くような話題ではないと解釈されたりもする。

課金をするということのリスクも考慮して

スマホゲームのガチャをしていればやはり出てくる、限定キャラを手に入れたいという気持ちは当然分かる。やらないつもりでいたのにどうしても釣られてしまうと、扇動される気持ちも理解しているつもりだ。実際、筆者がやっている作品でも毎月必ずといってイベントガチャが実装されてはやらずにはいられないという感じで毎度課金をしている。止めとけばよかったと思うこともあったが、最終的にその全てのお金を自分で支払う事になるので、別段問題としていない。

スマホを持つ前の筆者はその点を一番恐れていた。レアキャラが出るまでやり続けなくてはならない、購買意欲をそそられるようなやり口はスマホを持っていた知り合いの姿を見ても伝わっていたからだ。事情あって持ち始めたのもつかの間、スマホゲーム市場にいざ消費者として参入してみると案の定とばかりに自分の行動は予測していた通りになってしまう。

けれどそれを誰かのせいにすることもなければ、出なければ出ないで仕方がない、そう割りきっておこうという視点で見るようにした。一時期たがが外れてしまった事もあったが、それ以外では抑えるよう自制心を持つよう務めた。

回していれば必ず出るわけではない、それはグラブルのアンチラ事変が始まる以前より誰もがわかっていたはずのこと。深追いをするべきではない、そう思っても止められない人もいますが、やはり線引は必要だ。

ネタにするだけの

ある時こんなことがあった。友人たちとの飲み会の席で、ある友人がこんな発言をした。

『今月だけでスマホゲームで20万ぐらい費やした』

本来ならドン引きする話題なのだが、その場にいた全員は驚くことなく普通じゃないのと冷静すぎる対応を見せる。その様子に予想外の反応を見せられたので当人の困惑する表情もあったが、そういう話題も言ってしまえばオタク内輪では良くある話だ。以前勤務していた書店では、ある女の子が社員の引き起こした苦情処理に追われている際、問題を起こした社員からスマホ画面をまざまざと見せつけられてレアキャラが当たったと意気揚々と報告したという。その子が後からどういう反応を見せたかは言うまでもないでしょう。

課金話はスマホゲームをしている人なら驚く話でもない、アチラコチラで調べてみればいくら課金した、どこまで課金するか、といった話題がそこかしこで見かけられるからだ。麻痺していると指摘されるかもしれない、ですがこの市場はこういうものだと思えば規制が働くのも仕方がないと感じられる反面で、考えるべき問題が何なのかも見えてくるものです。

自分なりの上限を設ける

課金をするななどと正義論を述べるつもりはない。ただ一つだけ言わせてもらえるなら、加減というものを覚えた方がいいという点だけは述べておこう。何故かといえば、スマホゲームにハマる人たちの姿は外国人からすれば、異常を通り越した奇行者ばかりだと言われているからだ。それもそのはず、課金と呼ばれるものを熱心にしているのは日本人を於いて他にいないのです。だからこそ自分なりにどこまで、という上限を自分の中で見定めておくことも大事なことだ。